はじめに ― 我が家の試練
息子が中学2年生の夏、「学校に行きたくない」という言葉を初めて口にした日のことを、今でも鮮明に覚えています。それまでは特に問題なく学校に通っていた彼が、ある日突然、登校を拒否するようになったのです。
最初は「一時的なこと」と思っていました。しかし、1週間が過ぎ、2週間が過ぎ、そして1ヶ月…。息子の姿は朝になると布団に潜り込み、昼過ぎまで起きてこない日々が続きました。
「どうして学校に行かないの?」「何かあったの?」と聞いても、「別に」「わからない」としか答えない息子。徐々に表情も暗くなり、家族との会話も減っていきました。
私は焦りと不安でいっぱいでした。
「このまま学校に行かなければ、勉強が遅れてしまう」 「高校受験はどうなるのか」 「将来に影響するのでは…」
でも、それ以上に心配だったのは、息子の心の状態です。かつて好きだったことにも興味を示さなくなり、友達との連絡も途絶え、部屋に閉じこもる時間が増えていく息子を見るたび、胸が締め付けられる思いでした。
この記事を読んでいるあなたも、きっと同じような気持ちを抱えていることでしょう。でも、今ここで伝えたいのは、私たち親子が経験した「不登校からの再起動」の物語です。どんなに暗いトンネルでも、必ず光は見つかります。そして、その光を見つけるために、私たち親ができることがあるのです。
不登校に至った経緯
息子の不登校の原因は、一言では言い表せません。後から振り返ると、いくつかの要因が複雑に絡み合っていたように思います。
中学2年生になり、クラス替えで仲の良かった友人と離れてしまったこと。新しい担任の先生との相性があまり良くなかったこと。そして、1年生の頃には好成績だった数学で、急に理解できない単元が増えてきたこと…。
息子は「みんなについていけない」「質問すると馬鹿にされそう」という不安を抱えるようになり、次第に授業に参加する意欲を失っていったのです。
学校に行かなくなった当初、私は「甘えている」「意志が弱い」と思う瞬間もありました。しかし、専門家に相談する中で、不登校には様々な理由があり、子どもを責めるのではなく、まずは受け入れることが大切だと学びました。
不登校の原因は十人十色です。いじめ、学習のつまずき、教師との関係、発達の特性、家庭環境、思春期特有の心の揺れ…。時には明確な原因がなく、「なんとなく学校に行けない」というケースもあります。
大切なのは、原因を追求することよりも、目の前の子どもの気持ちに寄り添うことなのだと、私は気づくまでに少し時間がかかりました。
学びを再開するための最初のステップ
息子が不登校になって3ヶ月が経った頃、私はようやく「焦らない」という姿勢を身につけ始めていました。毎日「学校は?」と問いかけるのではなく、息子の好きなゲームの話や、昔から興味のあった宇宙の話を、自然な形で会話に取り入れるようにしました。
転機は、ある雨の日の午後に訪れました。
私が宇宙に関する雑誌を読んでいると、息子が興味を示し、「ブラックホールのこと、少し教えて」と言ってきたのです。久しぶりに興味を示す息子に、私は心の中で小さな喜びを感じました。
その日から、私は意識的に息子の興味のあることに関する本や記事を家に持ち帰るようにしました。最初は短い会話だけでしたが、徐々に息子の「知りたい」という気持ちが芽生え始めたのです。
それでも、学校に行くことへの抵抗は強く、勉強そのものへの拒否感も大きいままでした。しかし、「知る喜び」というものを、息子が少しずつ取り戻し始めていることを感じました。
この時期に私が心がけたことは、以下のようなことです:
- 息子のペースを尊重し、焦らせないこと
- わずかな変化や興味の兆しを見逃さないこと
- 「学校に行け」ではなく「どうしたら楽しく学べるか」を考えること
- 家族で食事をする時間を大切にし、気楽な会話を増やすこと
- 息子の話に、批判せずに耳を傾けること
そして何より、「学校に行くことだけが正解ではない」という考え方を、私自身が受け入れることでした。
我が家が選んだ学習サポート
息子の興味が少しずつ広がり始めた頃、私は様々な学習サポートについて調べ始めました。不登校の子どもたちを支援する教育サービスは、想像以上に多種多様だったのです。
検討した選択肢は以下のようなものでした:
- 学校の適応指導教室(教育支援センター)
- フリースクール
- オンライン学習サービス
- 家庭教師
- 学習塾の個別指導コース
私たちが最終的に選んだのは、以下の組み合わせでした:
1. オンライン学習サービス
息子がまだ外出を躊躇う時期でしたので、まずは自宅でできるオンライン学習からスタートしました。いくつかの無料体験を試した結果、息子が「これなら続けられそう」と言ったのが、自分のペースで進められる動画授業タイプのサービスでした。
特に気に入ったポイントは、「わからないところは何度でも巻き戻して見られる」「質問をチャットで送ると、講師が丁寧に回答してくれる」という点でした。学校の授業で「わからない」と手を挙げるのが恥ずかしかった息子にとって、この匿名での質問システムは心理的なハードルを下げてくれました。
最初は1日10分程度からスタートしましたが、徐々に学習時間が伸び、特に理科や社会など、息子の興味のある科目では集中して取り組む姿が見られるようになりました。
2. 家庭教師(週1回)
オンライン学習を3ヶ月ほど続けた頃、息子から「数学がやっぱりわからない」という言葉が出ました。画面上の説明だけでは理解しにくい部分があったようです。
そこで、週1回の家庭教師を導入することにしました。教師選びで重視したのは、「不登校の子どもへの理解がある」「押し付けず、子どものペースを尊重できる」という点でした。
紹介された大学生の先生は、自身も中学時代に不登校を経験していたそうで、息子の気持ちに寄り添いながら、丁寧に教えてくれました。最初は勉強よりも、趣味の話や好きなゲームの話で盛り上がることも多かったのですが、それが息子の心を開く鍵となりました。
徐々に学習内容に踏み込み、特に苦手だった数学では、「なぜそうなるのか」という原理から教えてもらうことで、息子の理解が深まっていきました。
3. 地域の学習支援室(月2回程度)
家庭教師との関係が安定してきた頃、市の教育委員会が運営する不登校児童生徒向けの学習支援室の存在を知りました。無料で利用でき、同じように学校に行けない子どもたちが集まって学習するスペースです。
最初は強く拒否していた息子でしたが、「行きたくなければ帰ってくればいい」という条件で、一度だけ見学に行くことになりました。
そこで息子は、自分と同じように学校に行けなくなった子どもたちと出会い、「自分だけじゃないんだ」という安心感を得たようです。また、支援員の先生方の温かい雰囲気に、少しずつ心を開いていきました。
月に1〜2回程度の利用からスタートし、徐々に通う頻度が増えていきました。ここでの学習は強制ではなく、自分のペースで進められる点が、息子に合っていたようです。
親の役割 ― 伴走者としての姿勢
この不登校の期間を通して、私が親として最も大切にしたのは、「伴走者」としての姿勢でした。先回りして道を作るのでもなく、後ろから押すのでもなく、横に並んで一緒に歩む存在でありたいと思いました。
具体的に心がけたことは次のようなことです:
1. 無条件の受容
息子の不登校を「問題」として扱うのではなく、彼の人生の一部として受け入れること。「学校に行けないこと」に焦点を当てるのではなく、「どうすれば息子が心地よく過ごせるか」を考えるようにしました。
2. 小さな成功体験を大切にする
オンライン学習で1つの単元を終えた時、家庭教師との学習で問題が解けた時、支援室に自分から行くと言い出した時など、どんなに小さな一歩でも、それを心から喜び、認めることを大切にしました。
「すごいね!」「よく頑張ったね」という言葉かけは、息子の自信を少しずつ育んでいきました。
3. 学習以外の成長も認める
この時期、息子は料理に興味を持ち始め、自分でレシピを調べて作るようになりました。また、小さな頃から好きだった絵を描く時間も増えていきました。
こうした学習以外の活動も、同じように価値あるものとして認め、サポートしました。実は、こうした自己表現の場が、息子の心の回復に大きな役割を果たしていたのです。
4. 専門家との連携
この過程では、スクールカウンセラーや医師など、専門家との連携も欠かせませんでした。息子の状態を客観的に評価してもらい、適切なサポート方法についてアドバイスを受けることで、私自身の不安も軽減されました。
また、親の会や支援グループに参加したことで、同じ悩みを持つ保護者との出会いがあり、心強かったです。「一人じゃない」という思いは、親にとっても大きな支えになります。
学びの再スタート、そして現在
息子が不登校になってから約1年半。私たちの道のりは決して平坦ではありませんでした。時には後戻りすることもあり、「このまま何も変わらないのでは」と不安になることもありました。
しかし、少しずつ、確実に、息子の中に変化が生まれていました。
オンライン学習と家庭教師による学習が軌道に乗り、地域の学習支援室にも週2回通えるようになった頃、息子は学校の先生と面談し、「別室登校」という形で、週に1回だけ、放課後の静かな時間に学校を訪れるようになりました。
これは無理強いしたわけではなく、息子自身が「少しずつ学校に慣れてみたい」と言い出したのです。その背景には、支援室で出会った友人の存在や、丁寧に寄り添ってくれた家庭教師の励まし、そして何より、息子自身の「学びたい」という気持ちの復活がありました。
現在、息子は週に3日、午前中だけですが、学校に通えるようになりました。まだ全ての授業に参加しているわけではなく、別室での学習が中心ですが、少しずつクラスの授業にも顔を出すようになっています。
また、オンライン学習は継続しており、特に得意科目では学年相当の内容をすでに終え、先取り学習を始めているほどです。
何より嬉しいのは、息子の表情が明るくなり、将来の夢について話すようになったことです。「宇宙工学に興味がある」と言う息子の目は、かつての輝きを取り戻しています。
同じ悩みを抱える保護者へのメッセージ
今、お子さんの不登校に悩み、途方に暮れているあなたへ。
私がこの経験から学んだことは、「焦らないこと」「子どもの可能性を信じること」「多様な学びの形があること」の3つです。
不登校は決して「失敗」ではありません。むしろ、お子さんからの大切なメッセージなのかもしれません。そのメッセージを受け止め、寄り添うことが、親としての第一歩だと思います。
学びの形は一つではありません。学校に通うことだけが「正解」ではないのです。お子さんに合った学び方を一緒に探してみてください。そして、小さな一歩を共に喜び、見守ってください。
また、親であるあなた自身も、無理せず、周囲のサポートを受けながら、この時期を乗り越えてください。地域の親の会や、オンラインの支援コミュニティなど、同じ経験を持つ保護者とつながることで、新たな視点や情報を得ることができるでしょう。
最後に、どんなに長く暗いトンネルでも、必ず出口はあります。私たち親子がそうだったように、あなたの家族にも、必ず光は見えてくるはずです。
その日まで、お子さんのペースを尊重し、ゆっくりと歩んでいきましょう。あなたはひとりではありません。
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